創造する.
創造においてはもちろん自由です。今回は私の想像の仕方について書かせて頂きます。
最初はあくまで私の創造するときの主に準備の部分に焦点を当てた話を。そして、創造するときのルールに関する話をしたいと思います。
安定した「無」を創る。
私は中学校のからか、形に興味を持ち始め、かっこいいや、美しい、自分がいいと思うものは何か?の問いをずっと持ち続けていました。
評価されている絵、映画、アート、舞台、ダンスをできるだけ観て、成長したい。と、ただただインプットしてきた時があり、そして、次第にそれらの写真や記事を集めたり、考察するようにもなりました。
これらも、もちろん重要要素です。ですが、より大切な部分があります。創造をする状態作り、もしくは環境づくりです。想像しやすいように「無」にちかいような状態を作るということです。
生きていく中でお腹がよじれるほど笑うことや、枯れるほど泣いたこと、身が切れるほどの悲しみ、愛し愛されること、傷つけ傷つけられることなど、心が揺れたことがそれに大きな助けになることに気づきました。
創造するときはある意味、孤独です。どれだけ安定した孤独を創れるかが私にとっては大事です。
理想は水平線まで対岸が見えないような大きな澄んだ湖の真ん中に浮かぶように。強い朝霧に荒れる波もない静かに揺れているだけのような心の状態を作ります。
その時の湖の大きさが大事で、先ほどの経験に直接的に関わってきます。特に傷ついたことや、苦しみ、恥ずかしいこと、傷つけてしまったことからの後悔などは強い土台を作ってくれました。
土台は悲しみでも何でもそれが大きいほどに強固なものになり、その人の懐の深さになり、魅力にもなります。
強い土台があれば、あとは頭の中でただ自分の内側にある美しいと思う何かを問い続けます。
今ままでの人生の中での大きな心が動いたことや経験が人間としの幅を広げてくれて、余裕が生まれ、集中できる土台なりました。
自然の法則に添う。
人の数だけ唯一無二な視点を持った経験や思いがあり、同じものはない。
そこから産まれ、それに呼応するものは同じものにならない。
自分が誇れる創造者であるには誰かと同じものを作ることが自分の求めることではない。
新しい価値の提案は自分の生き道からの内側だけに存在し、それの探求をすればオリジナルのデザインしかできない。それが自分の探求の仕方あり、求めることであり、価値なのかもしれないと思います。
PLUIEを始める時に自分が本当に美しいと思える創造をしていきたいと思いました。
それを考えた時に、本質的に美しいと思えるものは人間が自然界から生まれたのだから、その自然界にある美しさと共存できる創造ではないか?と自分なりの答えが見えました。
経年劣化やその傷。
上流にある石が擦れ合い削れた丸み。
硬質なものが、より硬質なものにあたり砕ける破片。
見えずに存在する風のようなものの流れ。
雫が落ちる時の連動。
平にならないミナモ。
囓られた熟れもの 、、、、。
今まで見過ごされていたモノや感覚に焦点をあて、新しい価値を提唱していきたいです。
自分が自分の内側に何度も問いかけながら創る探求は楽ではありません。ですが、
それにより喜んでいただける人がいることはありがたいことでまた嬉しい限りです。
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